03
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ごあいさつ\(^o^)/

こんにちは。

私はそこらへんのフツーの主婦です

私の家族は夫と三人の息子たち

39歳のある日
突然、自分が「乳がん」だと告げられました

昨日までは自分がガンなんて思いもしなかったし
ガンなんて自分には関係ないと思ってました・・・


ガンの治療は辛いことばかりかもしれないけど
きっと、それ以外にはまだまだ楽しいことが一杯ありますよね

ここでは
がんの治療記をメインに子育てのこと、日常などを書いていこうと思っています。
出来る限り明るい内容になるよう頑張ります!

よろしくです



☆追記☆ (2012年7月12日)

おかげさまで術後2年が経過しました

『乳がん』
『トリプルネガティブ』

といったキーワードでこちらに来て下さった方がいらっしゃいましたら
私の今までの初発治療の経過が参考になるかはわかりませんが・・・
読んで下さったら幸いです
(治療経過が分かりやすいように過去から読み進められるように設定しています)

もちろんこれからも乳がんについて書いていこうと思っていますが
最近は治療といってもトリネガのため
再発予防に有効な薬が無いので検査のみの経過観察中です
主に『子育てのこと』や『つぶやき』の話題が多くなっています

それから発達障害についても我が子を通して知っていただけたら・・・と思っています

これからもどうぞよろしくお願いします
スポンサーサイト

ここから始まる「人間ドッグ」

2010年5月14日(金)
夫の勧めで人生初の人間ドッグをうけることに。

ここしばらくは健診というものは妊婦健診くらいしかうけていなかった。
今年40歳やし、ま、受けてみようかなという軽い気持ちだった。

1週間前、夫が一足先にドッグを受けた。
夫は毎年ドッグをうけている。
健診結果は特に悪いところは無さそう

で、今日は私の番。
夫に子ども達を任せて自転車で病院へ向かう。

ドッグの受付を終えると検査着に着替え、流れ作業のように色んな検査を受けていく。
そして、乳房の視触診。
(マンモグラフィーはオプションで別料金だったので、市民検診で安く受けようと
申し込んでいなかった)

実はドッグの数日前に、ふと「自分でも乳房チェックしておこう」と思って自己流で触ってみた。
すると・・・
右側のおっぱいの右上に米粒くらいの小さく硬いものがあるように感じた。
「ついこの間まで授乳していたし乳腺かな」
と思ったけど、何となーく気になっていた。

なので、触診の前にこのことを先生に伝えた。
先生「ん?じゃ、正常な左から診ましょうね」・・「はい、左オッケーです。」
そして右。
先生「う~~~ん。僕には触れないなぁどこら辺かな?」
私「えーっと、確かこのあたりなんですが」
と、先生と私はしばらく右のおっぱいのしこり探しをした。
自分でも分からなくなってきた頃
先生「あ!これ?これかな?うん、これだね!」
   「でも、違うと思うけどなぁ。でも、気になるだろうから外科で診てもらう?」

ドッグが終わってから外科の診察を受けることになった。


初マンモグラフィー

午前中でドッグが終わって本当なら家へ帰る予定だったけど、午後から外科を受診することになったので夫にその旨を連絡。

診察の前にマンモグラフィーを撮るように指示される。
(ドッグのオプションでマンモをつけたら約6,000円のところ、保険診療のため1,000円強でマンモが受けられたことになる。これはラッキーだった

マンモは初体験。
経験者はみんな「すごく痛い!」というけど、私はほとんど痛みは感じなかった。
私の小さなおっぱいも無事はさんでもらえて検査終了。

そして診察室へ。
マンモのフィルムを見せてもらいながら説明を聞く。
先生「右やねー。言ってはる所くらいに石灰化という白いプツプツとしたのが写ってます。これはまれにガンの初期に見られる場合があるんです。」
と、淡々とおっしゃった。
そのあと触診も受けるがまたまた
先生「わからんなー」
   「そやけど、ご本人さんもドッグの○○先生も(しこりに)触れるっていわはるんやしなぁ・・・。
    これで何かあったら僕の腕アカンなぁ。」
・・・こう言われると自分でもしこりがどこにあるのか分からなくなって探しても見つからなくなってしまった

とにかくセッカイカという怪しいものが写ったので来週エコーをすることになった。

いきなり細胞診

5月20日(金)
今日は私の姉さんであるマメやっこさんが美味しいタケノコを山盛り買ってバイクではるばる遊びに来てくれた
午後3時に外科外来の予約なのでそれまで喋りまくる。
気が紛れてとってもありがたかった。

病院ではエコー。
やっぱり黒いものが写った
先生「石灰化の辺りに何かあるね・・・見つけてしまった以上はコレが何か検査しないといけません」
ということでいきなり細胞診をすることに!

(えーっ!エコーだけって思って来たから心の準備がぁぁ~

そう思いながらも短時間の間にやるしかないと諦め覚悟を決めた。 ← 大げさだけど

検査は病理部のスタッフも立ち会いエコーの画像を見ながら先生がしこりに針を刺す。(麻酔はなし)
どうもしこりが固くてなかなか針が刺さらなかったようだった。
充分に組織が採取できていなかった場合は再検査、若しくは生検をすると説明を受けた。

検査の後、針を刺した所(おっぱいの奥)が痛かったので痛み止めをもらった。
夜は腕を動かすと「イテテテ・・」といった感じ。
もし、乳がんで手術をしたらどんだけ痛いの~???

さらに生検

5月27日(木)
今日までの1週間はとにかくユウウツだった。
自分がガンかも知れないと思うと気分がどよーん・・・となる。
チビ達を外遊びに連れて行く気も起こらない。
けど、ずっと家の中ってのも可哀相なので渋々外へ出る状態だった。

土曜日は夫の提案で神戸の王子動物園へ出掛けた。
この日も気分が乗らず、心の中では(行きたくねーと思っていた。
でも出掛けてみたらチビ達も喜んでいたし、私も気分転換出来て良かった。

そして今日。
先週受けた細胞診の結果はクラスⅣ(強く悪性を疑う)
何ちゅう中途半端な!強く疑うならもうガンちゃうのん?

先生はこの結果について
「ウチの病理はとても真面目で僕は彼らをとても信頼しています。その病理がクラスⅣをつけてきたということはよほどの理由があると思います。強く悪性を疑うということだけど、僕としては【悪性でない】と証明してあげないといけないと思っています。」
と説明して下さった。

【悪性でないと証明してあげないといけない】
という先生の言葉を聞いて、ちょっとビックリした。なんていうか・・・目からウロコ(?)って感じかな?
医師って、病気を見つけ治療するだけじゃないんやね~。ちょっとうれしかった。

外来の患者さんの診察が全て終わるまで待って、針生検を受ける。
ドキドキしながら処置台に横になって待っていると、先生が看護師さんに「14ゲージある?」とか「16ゲージは?」と言ってる声が聞こえ・・・
(うわ・・・ぶっといやつなんやぁ~コワいぃ~

しばらくすると「じゃ、始めます」・・・と先生の手には本当にぶっとい針が!!(というか軽く棒やし)
思わず「これ、針ですかあ?」と聞いてしまった。

細胞診とは違い、麻酔をするので大丈夫だと自分に言い聞かせ歯を食いしばり、両手はグーにして耐えた。

3回組織を採り終了。

検査中はずっとエコーの画面を凝視していたので分からなかったけど、自分のおっぱいに目をやると思いのほか血だらけでビックリ。

また1週間、結果を待たなければいけない。

あーあ・私もふて寝したいっ(>_<)
王子動物園のカンガルー

ガン告知

6月3日(木)
今日とうとうガン告知される。

先生「生検の結果、悪性でした」
私「はぁー、やっぱりそうでしたかぁ。」

人間ドッグを受けた日から今日までずーっと結果を待っていてチョット疲れてきていたというか・・・他人事のような返事をしてしまった。
とにかく良性でも悪性でも早く白黒つけたい!とさえ思っていた。
だから、頭の中が真っ白になるなんてことはなく、変だけど結果が出たというホッとした気持ちだった。

先生はまず、ガンの治療をするにあたり希望する病院や医師があるかを私に尋ねられた。
特にそのようなこだわり(?)も知識も情報も持っていない私なので先生にお願いした。

主治医が先生にに決まり本題の治療についての話が始まった。
*手術2日前に入院
*術後1週間~10日ほどで退院
*退院から2週間後~抗がん剤治療

それ以外の話は私が質問しなければ言ってくれなさそうな雰囲気だったので
「どんな種類のガンなんですか?」等、色々と質問していくと先生は少し困ったような感じで

「今、こんなことを言ってしまったらとてもショックを受けられると思うんだけど・・・生検を受けられたのでガンの性質やらがもう、ほとんど分かっているんです。それで・・・琵琶子さんの場合、コレとコレ(パソコンのカルテ画面を指して)がどちらもマイナスなんですよ。なので薬が効かないガンなんです。術後、薬が使えませんので強力な抗がん剤で再発を予防します。」
とおっしゃった。

このときはさすがに
(いーーーーーーーーーーーーーーーーっ???←内場さんみたいに
と心の中で叫んだ。

抗がん剤ってだけでも怖いのに、強力なって何?!
手術なんかよりも抗がん剤がコワイ~~~

「むっちゃ吐くんですよね」とこぼしたら
「今は昔と違ってそこまで辛くないですよ。」だって。ホンマかなぁ

手術の予約を6月23日に取り、本日は終了。

数日後、私のようなタイプのガンは「トリプルネガティブ乳がん」ということを知った。




トリプルネガティブ

「トリプルネガティブ」って

この響き・・・

何とかならないのかなぁ。
絶望感たっぷり漂ってて私はとっても嫌い

ネットで「トリプルネガティブ」って検索すると、そりゃもう恐ろしいことばっかり書いてある。

*有効な治療がまだ見つかっていない
*分からないことが多い
*予後が悪い

など。はー・・・本当に気持ちもネガティブに

子ども達の成長する姿を見ることができないのかも・・と思うと涙が溢れてくる。

死にたくないよー

術前検査

6月9日(水)
造影CTのため病院へ。

実は、人間ドッグの腹部エコーでひっかかり要精密検査とのことで、今回は胸部と腎臓のチェック。

なんでも腎臓の辺りに「腫瘤あり」と書いてあった。
もしかしてこれもガンか?
かなり不安。

検査は
CT前レントゲン→造影CT→CT後レントゲン
といった感じ。

造影剤ってどんなんやろう・・・
検査中は身体がカーっと熱くなった。

「イキヲスッテ・・・トメテクダサイ」

機械の音声が流れ、その通りに息を止めていた。・・・が、しばらくしても機械は黙ったまま
息を止めておくのがだんだん苦しくなってきて
(どーしよ、まだ??)
本当にヤバくなって少し息をしてしまった。←すかしっ屁の要領で
その直後「ラクニシテクダサイ」
あー、もーちょっと我慢したらよかった
ちゃんと撮れてるかなぁ。

しかも私の失敗はこれだけでなかった。

今朝は絶食だった。
もちろん朝食は食べなかった。

三男がバナナを食べたがった。バナナの先っぽは良くないと聞いているので三男にバナナを与える前に私がひとかじりして飲み込んでしまった。
飲み込んだ瞬間「あ」と気がついたけど時すでに遅し。

小心者の私は一応申告しておいた。

入院までの課題

6月10日(木)
昨日の造影CTの結果は特に問題なく、予定通り6月23日に手術ができそう。
腎臓も大丈夫だった。

その他の術前検査は全て終わっているので入院まで病院に来ることはもうない。(人間ドッグを受けた検査もあったので少し省略できたみたい)


先生から「温存」か「全摘」かを手術前日までに自分で選択するようにといわれる。

私の場合、しこりが約1センチと小さいので普通は「温存術」でいけるけど、放射線治療が5週間セットとなるのが条件。
放射線がイヤ!とか本人の希望などで「全摘」もあると説明を聞く。

温存した場合、どんなおっぱいになるのか気になる。
普段は服を着ているので他人の目はあまり気にならないけど、自分自身は毎日見るものなので。
「温存の場合、術後どんなおっぱいになりますか?」
と質問してみた。

答えは、簡単に言うと「人それぞれ」だということだった。
でもやはり大きいおっぱいの人の方が目立ちにくいそうだ。
ちなみに「全摘」したら横一本線の傷になるそうだ。

どちらにしても再発リスクは同じなのでどちらを選択するかは私次第とおっしゃるけど、先生は温存をおススメして下さっている。

入院まで後10日余りで決めないといけない。

帰りに入院手続きをするよう指示された。
手術2日前に入院と言われていたけど、子ども達のことがあるので手術前日の22日入院にしてもらった。

看護師さんに
「胸帯を2枚買っておいてね」
と言われたので、入院手続きの後に売店へ行ってみた。

サイズを合わせてもらって
「2枚ください」
と言うと、売店のおばちゃんは
「ちょっと高いし申し訳ないけど。」と。

なんと!1枚2,600円!

(えーーー!こんな布っきれがぁ?

医療用って何でも高い。
おばちゃんは私の心の叫びを知ってか知らずか
「レシート残しといてや、医療費控除でつかえるし。」と教えてくれた。

いよいよ入院

6月22日(火)
入院の日。

昨日の夜に義母がヘルプに駆けつけて下さった。
入院中、家のことをお任せする。
義母には三男の産前産後もお世話になっている

出発までは、いつもと変わりなく長男、夫のお弁当を作り、洗濯を干し・・・
10時半ごろにチビ達に気付かれないよう隙を見てソーッと家を出る。

病室に案内され、身長、体重を測り、病棟内をひとまわり案内してもらう。
私の病室は4人部屋の通路側。

同室の皆さんに挨拶をした。
カーテンで仕切られているけど、隣の患者さんが
「イタイーーー・・・イタイーーーー・・・」
とすごく苦しそうなうめき声をずっとあげておられ
(明日は我が身??)
と思うとものすごく怖かった。

そんなのお構いなしに向かい側のベッドのおばあちゃんは挨拶もそこそこに
自分の病気やら昔の話までいきなり爆裂トーク。
荷物の整理も出来ず、しばらく「はぁ、はぁ、そ-ですか」と聞き役に徹しなければならなかった。

何だか落ち着けそうにないなぁ

午後からは麻酔科の診察や、手術室の看護師さんから手術の説明などがあった。

そして夜、夫も同席してもらい主治医の先生から手術の説明を聞く。
面接室に呼ばれ先生を待っていると、夫が先生のデスクのパソコン画面を「ほらほら、あれ!」と指差した。
覗いてみると「琵琶子」のカルテ画面。
大したことが書いてあるページではなかったけど、
「本人の様子」というような欄があり・・・
「冷静」
と記されていた

何だか夫と笑ってしまった。
まぁ、確かにうろたえるわけでもなく、泣くわけでもなく・・・だけど。
「冷静」かぁ。

それから術式は
「右乳房温存術」
と記載されていた。

決断の時

6月22日(火)再び

面接室にて最終的な手術の確認をする。

まず、明日の手術では「温存」か「全摘」かを問われる。

「全摘で!」
と言うと先生は・・・「おっ???」
と少し驚いた後「おーーーーーー・・・。」(そうきたか。みたいな?)

「温存にされると思ってましたが・・理由は?」と質問され

*トリプルネガティブであること
*放射線治療5週間が不都合なこと
をお話しした。

「ご主人はどうお考えですか?」と夫にも問いかけられ
夫は「本人が希望するのであれば全摘でいい」と答えた。

先生は「充分、温存でいけるのに」オーラがたっぷり出ていたけど、本人の希望なので・・・と
「右乳房切除術(腋窩郭清あり)」
となった。

手術の日

6月23日(水)
手術当日。

昨夜は眠剤をもらったけど夜中何度も目が覚めた

1時間ほど前に和式の寝巻に着替えてスタンバイ。
本当は寝巻の下はスッポンポンらしいけど、私は生理中のためパンツを履かせてもらえることに。
長時間用の超~ロングのナプキンを装着。

30分前に基礎麻酔の筋肉注射をする。
手術の痛みよりも筋肉注射の方が痛いと聞いていたのでどんなのかと思っていたけど、ま、注射かな(笑)
薬が入る時にズーンと重痛い。

点滴のルートも取って準備完了。

夫と夫の両親が駆けつけて来てくれた。

8時50分ごろ、ベッドのまま部屋を出て手術室へ向かう。
手術室の入り口前のフロアーにはこれから手術を受ける人が沢山待っていた。
ベッドが何台もスタンバっていて自分の名前が呼ばれるのを待つ。

いよいよ私の名前が呼ばれ、ここで夫たちとお別れ。
・・・
この直後からの記憶があまりない
まだ麻酔してないのに・・・
さっきの筋肉注射がよく効いたのだ

昨日、手術室に入ってからのことも説明を受けていたのに私は実行できていたのか?
ベッドにも自分で移ってもらいますって言われてたけど・・・???
爆睡してたかも
唯一、帽子を被ったことだけ何となく思い出した。

目が覚めた時には「回復室」だった。

足に血栓予防のためのマッサージ器が付いててブオーンブオーンと動いているのに気がついた。
朦朧としたなか「足がかゆい!!」と文句を言ったような気がする。

その場に夫が居たような・・・まだ、よくわからなかった。

身体には心電図のコード、酸素チューブ、点滴、導尿の管、ドレーン、足のマッサージ器・・・沢山ついていた。
傷は痛くなかったけど、これらが不快だった。

それから痰がとめどなく出るのもイヤだった。
痰の色を見ると真っ赤でビックリ!
鼻からも出血があった。
ごみ箱がティッシュで山盛りになった。

術後1日目

6月24日(木)
術後1日目。

朝から気分が悪かった。吐き気、めまい、頭痛
麻酔の副作用と思われる。
一方、酸素のチューブ、心電図のコード、足のマッサージ器、導尿のチューブが外れホッとする。

午後、病室に戻る。
吐き気があるところにベッドで移動したので一気に気分が悪くなり嘔吐
制吐剤の点滴をしてもらう。

夕方ごろに少し吐き気は治まってきた。

私の両親と長男が様子を見に来てくれた。
家の様子を聞いてみると、二男坊がかなり愚図ってるとのこと。
予想はしていたことだけど・・・気になる。
でも、今の私には何もできず
申し訳ない気持ちで一杯だった。

術後2日目

6月25日(金)

朝、まだ頭痛がするので薬を飲むと、しばらくしたらスッキリ
昨日と比べ物にならない位気分が良くなった。
点滴も取れて、後はわき腹から出ているドレーンのみ。
ドレーンをぶら下げておくのに布製のポーチを貸してもらえた。
売店やラウンジに行ったり、病院内をウロウロ散歩もした。

傷は術前に先生がおっしゃっていたようにほとんど痛まない。
(温存より全摘のほうが痛まないよ・・・ということです。理由は、手術で神経がいじられてアホになるそうです)
痛みというより腋から背中にかけてしびれてる感じ。
ドレーンの液が沢山溜まる。

夜、ベッドで横になって
(子どもたちはどうしてるかなー)
と考えると何だか悲しくなってきたホームシック?


術後3日目

6月26日(土)

夫、義母、二男、三男がお見舞いにきてくれた。

チビ達は入院以来初対面。

二男が私を見てしばらく無言で変な表情をしていた。
「こっちおいで」
と声を掛けると恐る恐るそばにやってきた。
泣きそうな顔をして
「(一緒に)かえろ、かえろ」
と言ってくれた。

健気な二男の姿を見て思わず泣いてしまった。
急にお母さんが何処かに行っちゃって不安だったんだろうなぁ・・・
ゴメンね。

術後4日目・リハビリ始まる

6月27日(日)

リハビリが始まった。

壁にぬりえを貼ってもらい下から上へと1~14の数字の入ったお花に色を塗っていくというもの。

いきなり8番目のお花まで塗った。
思っていたより結構腕を上げることができる

今日も子どもたちが来てくれた。
日曜だし、もしかしたら・・・と思って売店でお菓子とジュースを買っておいたので病室で一緒に食べる。

三男も寂しかったのか、私の手をちゅっちゅと吸って甘えていた。
帰り際、三男が泣いていた。

術後5日目

6月28日(月)

隣の病室の窓際が空いたので移動させてもらった。
やっぱり外の景色が見えるのと見えないのでは随分気分も違う

新しいルームメイト(?)は今日入院されたお二人。どちらもガン患者だ。


友達が仕事の帰りにお見舞いにきてくれた。
ものすごくおっきいお花の籠と飲み物や食べ物を沢山差し入れてくれた。

今日まで私のベッドにはお花が無かったので一気に華やいだ
家族以外の誰かがお見舞いに来てくれることがこんなにウレシイことだったのか・・・

実は、土日はちょっと寂しさを感じていた。
周りの入院患者さんのところにお見舞いの方々が来られ、楽しそうにされている姿を見ていると羨ましくなって・・・

といっても
私は、入院することを本当に一部の人にしか知らせていなかったので、お見舞いなんて来てもらえる筈もないのに。

お見舞いってウレシイものなんだと痛感した。

いつか誰かが病気になったと知った時にはお見舞いに行ってあげようと思う。

お見舞いのお花

術後1週間経ちました

6月30日(水)

手術から1週間。

血液検査をする。

それから
明日くらいにドレーンを抜こうか、と言われる。
まだ1日に40~50cc出ているけど・・・


そして今後のスケジュール
*退院は土曜か日曜
*来週水曜に再入院、木曜に抗がん剤

え?
もう来週から抗がん剤?

ま、どうせいつかはしなアカンのやし・・・と自分を納得させる

ドレーンが取れた!

7月1日(木)

鎖骨の辺りからわき腹まで管が通っているので
(抜く時イタそ~
と内心ビビっていた。

処置の前、先生に何回も
「痛い?痛い?」
と聞いてしまう。
カルテ上の「冷静」な患者ではない(笑)

先生は優しさなのか意地悪なのか
「チョッと痛むかも。一気に抜くか、ゆっくり抜くかどっちがいい?(笑)」
わー余計怖いやん!

結果、思ったほど痛くなく・・・処置が終わってしまえば
(なーんや、こんなもんか)
と調子のいい私

傷口を見せてもらったらまーるく穴が開いた状態だった。
しばらくはまだリンパ液がここから出てくるらしい。

ドレーンが抜けたので今日からシャワーの許可が下りた。

病理結果

7月2日(金)

手術後の病理結果が出た。

私の場合、生検でどんなガンかはわかっているので気掛かりなのはリンパ節に転移があるかどうか。

リンパ節転移なし
よかった・・・ホッとした。

ガンの大きさも小さかったらしい。

来週から抗がん剤治療が始まるのでそのまま入院することに。

プロフィール

Author:琵琶子
田舎で暮らす
お気楽主婦♪
・・・だったのに

*2010年6月
 右乳房全摘
*2010年7月~
 FEC療法×4クール
*2010年10月~
 毎週タキソール×4クール
 
*2011年2月
 初発治療終了後
      経過観察中の身

 トリプルネガティブです

家族は

子ども♂3人
(大学3年生、7歳、6歳)

発達障害の子どもたちと
毎日ドタバタ奮闘中!!

ご訪問ありがとうございます

ピンクリボン運動

ただ今のお時間

月別アーカイブ

最新記事

最新コメント

カテゴリ

リンク

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。