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トリプルネガティブ

「トリプルネガティブ」って

この響き・・・

何とかならないのかなぁ。
絶望感たっぷり漂ってて私はとっても嫌い

ネットで「トリプルネガティブ」って検索すると、そりゃもう恐ろしいことばっかり書いてある。

*有効な治療がまだ見つかっていない
*分からないことが多い
*予後が悪い

など。はー・・・本当に気持ちもネガティブに

子ども達の成長する姿を見ることができないのかも・・と思うと涙が溢れてくる。

死にたくないよー
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術前検査

6月9日(水)
造影CTのため病院へ。

実は、人間ドッグの腹部エコーでひっかかり要精密検査とのことで、今回は胸部と腎臓のチェック。

なんでも腎臓の辺りに「腫瘤あり」と書いてあった。
もしかしてこれもガンか?
かなり不安。

検査は
CT前レントゲン→造影CT→CT後レントゲン
といった感じ。

造影剤ってどんなんやろう・・・
検査中は身体がカーっと熱くなった。

「イキヲスッテ・・・トメテクダサイ」

機械の音声が流れ、その通りに息を止めていた。・・・が、しばらくしても機械は黙ったまま
息を止めておくのがだんだん苦しくなってきて
(どーしよ、まだ??)
本当にヤバくなって少し息をしてしまった。←すかしっ屁の要領で
その直後「ラクニシテクダサイ」
あー、もーちょっと我慢したらよかった
ちゃんと撮れてるかなぁ。

しかも私の失敗はこれだけでなかった。

今朝は絶食だった。
もちろん朝食は食べなかった。

三男がバナナを食べたがった。バナナの先っぽは良くないと聞いているので三男にバナナを与える前に私がひとかじりして飲み込んでしまった。
飲み込んだ瞬間「あ」と気がついたけど時すでに遅し。

小心者の私は一応申告しておいた。

入院までの課題

6月10日(木)
昨日の造影CTの結果は特に問題なく、予定通り6月23日に手術ができそう。
腎臓も大丈夫だった。

その他の術前検査は全て終わっているので入院まで病院に来ることはもうない。(人間ドッグを受けた検査もあったので少し省略できたみたい)


先生から「温存」か「全摘」かを手術前日までに自分で選択するようにといわれる。

私の場合、しこりが約1センチと小さいので普通は「温存術」でいけるけど、放射線治療が5週間セットとなるのが条件。
放射線がイヤ!とか本人の希望などで「全摘」もあると説明を聞く。

温存した場合、どんなおっぱいになるのか気になる。
普段は服を着ているので他人の目はあまり気にならないけど、自分自身は毎日見るものなので。
「温存の場合、術後どんなおっぱいになりますか?」
と質問してみた。

答えは、簡単に言うと「人それぞれ」だということだった。
でもやはり大きいおっぱいの人の方が目立ちにくいそうだ。
ちなみに「全摘」したら横一本線の傷になるそうだ。

どちらにしても再発リスクは同じなのでどちらを選択するかは私次第とおっしゃるけど、先生は温存をおススメして下さっている。

入院まで後10日余りで決めないといけない。

帰りに入院手続きをするよう指示された。
手術2日前に入院と言われていたけど、子ども達のことがあるので手術前日の22日入院にしてもらった。

看護師さんに
「胸帯を2枚買っておいてね」
と言われたので、入院手続きの後に売店へ行ってみた。

サイズを合わせてもらって
「2枚ください」
と言うと、売店のおばちゃんは
「ちょっと高いし申し訳ないけど。」と。

なんと!1枚2,600円!

(えーーー!こんな布っきれがぁ?

医療用って何でも高い。
おばちゃんは私の心の叫びを知ってか知らずか
「レシート残しといてや、医療費控除でつかえるし。」と教えてくれた。

いよいよ入院

6月22日(火)
入院の日。

昨日の夜に義母がヘルプに駆けつけて下さった。
入院中、家のことをお任せする。
義母には三男の産前産後もお世話になっている

出発までは、いつもと変わりなく長男、夫のお弁当を作り、洗濯を干し・・・
10時半ごろにチビ達に気付かれないよう隙を見てソーッと家を出る。

病室に案内され、身長、体重を測り、病棟内をひとまわり案内してもらう。
私の病室は4人部屋の通路側。

同室の皆さんに挨拶をした。
カーテンで仕切られているけど、隣の患者さんが
「イタイーーー・・・イタイーーーー・・・」
とすごく苦しそうなうめき声をずっとあげておられ
(明日は我が身??)
と思うとものすごく怖かった。

そんなのお構いなしに向かい側のベッドのおばあちゃんは挨拶もそこそこに
自分の病気やら昔の話までいきなり爆裂トーク。
荷物の整理も出来ず、しばらく「はぁ、はぁ、そ-ですか」と聞き役に徹しなければならなかった。

何だか落ち着けそうにないなぁ

午後からは麻酔科の診察や、手術室の看護師さんから手術の説明などがあった。

そして夜、夫も同席してもらい主治医の先生から手術の説明を聞く。
面接室に呼ばれ先生を待っていると、夫が先生のデスクのパソコン画面を「ほらほら、あれ!」と指差した。
覗いてみると「琵琶子」のカルテ画面。
大したことが書いてあるページではなかったけど、
「本人の様子」というような欄があり・・・
「冷静」
と記されていた

何だか夫と笑ってしまった。
まぁ、確かにうろたえるわけでもなく、泣くわけでもなく・・・だけど。
「冷静」かぁ。

それから術式は
「右乳房温存術」
と記載されていた。

決断の時

6月22日(火)再び

面接室にて最終的な手術の確認をする。

まず、明日の手術では「温存」か「全摘」かを問われる。

「全摘で!」
と言うと先生は・・・「おっ???」
と少し驚いた後「おーーーーーー・・・。」(そうきたか。みたいな?)

「温存にされると思ってましたが・・理由は?」と質問され

*トリプルネガティブであること
*放射線治療5週間が不都合なこと
をお話しした。

「ご主人はどうお考えですか?」と夫にも問いかけられ
夫は「本人が希望するのであれば全摘でいい」と答えた。

先生は「充分、温存でいけるのに」オーラがたっぷり出ていたけど、本人の希望なので・・・と
「右乳房切除術(腋窩郭清あり)」
となった。

手術の日

6月23日(水)
手術当日。

昨夜は眠剤をもらったけど夜中何度も目が覚めた

1時間ほど前に和式の寝巻に着替えてスタンバイ。
本当は寝巻の下はスッポンポンらしいけど、私は生理中のためパンツを履かせてもらえることに。
長時間用の超~ロングのナプキンを装着。

30分前に基礎麻酔の筋肉注射をする。
手術の痛みよりも筋肉注射の方が痛いと聞いていたのでどんなのかと思っていたけど、ま、注射かな(笑)
薬が入る時にズーンと重痛い。

点滴のルートも取って準備完了。

夫と夫の両親が駆けつけて来てくれた。

8時50分ごろ、ベッドのまま部屋を出て手術室へ向かう。
手術室の入り口前のフロアーにはこれから手術を受ける人が沢山待っていた。
ベッドが何台もスタンバっていて自分の名前が呼ばれるのを待つ。

いよいよ私の名前が呼ばれ、ここで夫たちとお別れ。
・・・
この直後からの記憶があまりない
まだ麻酔してないのに・・・
さっきの筋肉注射がよく効いたのだ

昨日、手術室に入ってからのことも説明を受けていたのに私は実行できていたのか?
ベッドにも自分で移ってもらいますって言われてたけど・・・???
爆睡してたかも
唯一、帽子を被ったことだけ何となく思い出した。

目が覚めた時には「回復室」だった。

足に血栓予防のためのマッサージ器が付いててブオーンブオーンと動いているのに気がついた。
朦朧としたなか「足がかゆい!!」と文句を言ったような気がする。

その場に夫が居たような・・・まだ、よくわからなかった。

身体には心電図のコード、酸素チューブ、点滴、導尿の管、ドレーン、足のマッサージ器・・・沢山ついていた。
傷は痛くなかったけど、これらが不快だった。

それから痰がとめどなく出るのもイヤだった。
痰の色を見ると真っ赤でビックリ!
鼻からも出血があった。
ごみ箱がティッシュで山盛りになった。

術後1日目

6月24日(木)
術後1日目。

朝から気分が悪かった。吐き気、めまい、頭痛
麻酔の副作用と思われる。
一方、酸素のチューブ、心電図のコード、足のマッサージ器、導尿のチューブが外れホッとする。

午後、病室に戻る。
吐き気があるところにベッドで移動したので一気に気分が悪くなり嘔吐
制吐剤の点滴をしてもらう。

夕方ごろに少し吐き気は治まってきた。

私の両親と長男が様子を見に来てくれた。
家の様子を聞いてみると、二男坊がかなり愚図ってるとのこと。
予想はしていたことだけど・・・気になる。
でも、今の私には何もできず
申し訳ない気持ちで一杯だった。

術後2日目

6月25日(金)

朝、まだ頭痛がするので薬を飲むと、しばらくしたらスッキリ
昨日と比べ物にならない位気分が良くなった。
点滴も取れて、後はわき腹から出ているドレーンのみ。
ドレーンをぶら下げておくのに布製のポーチを貸してもらえた。
売店やラウンジに行ったり、病院内をウロウロ散歩もした。

傷は術前に先生がおっしゃっていたようにほとんど痛まない。
(温存より全摘のほうが痛まないよ・・・ということです。理由は、手術で神経がいじられてアホになるそうです)
痛みというより腋から背中にかけてしびれてる感じ。
ドレーンの液が沢山溜まる。

夜、ベッドで横になって
(子どもたちはどうしてるかなー)
と考えると何だか悲しくなってきたホームシック?


術後3日目

6月26日(土)

夫、義母、二男、三男がお見舞いにきてくれた。

チビ達は入院以来初対面。

二男が私を見てしばらく無言で変な表情をしていた。
「こっちおいで」
と声を掛けると恐る恐るそばにやってきた。
泣きそうな顔をして
「(一緒に)かえろ、かえろ」
と言ってくれた。

健気な二男の姿を見て思わず泣いてしまった。
急にお母さんが何処かに行っちゃって不安だったんだろうなぁ・・・
ゴメンね。

術後4日目・リハビリ始まる

6月27日(日)

リハビリが始まった。

壁にぬりえを貼ってもらい下から上へと1~14の数字の入ったお花に色を塗っていくというもの。

いきなり8番目のお花まで塗った。
思っていたより結構腕を上げることができる

今日も子どもたちが来てくれた。
日曜だし、もしかしたら・・・と思って売店でお菓子とジュースを買っておいたので病室で一緒に食べる。

三男も寂しかったのか、私の手をちゅっちゅと吸って甘えていた。
帰り際、三男が泣いていた。

術後5日目

6月28日(月)

隣の病室の窓際が空いたので移動させてもらった。
やっぱり外の景色が見えるのと見えないのでは随分気分も違う

新しいルームメイト(?)は今日入院されたお二人。どちらもガン患者だ。


友達が仕事の帰りにお見舞いにきてくれた。
ものすごくおっきいお花の籠と飲み物や食べ物を沢山差し入れてくれた。

今日まで私のベッドにはお花が無かったので一気に華やいだ
家族以外の誰かがお見舞いに来てくれることがこんなにウレシイことだったのか・・・

実は、土日はちょっと寂しさを感じていた。
周りの入院患者さんのところにお見舞いの方々が来られ、楽しそうにされている姿を見ていると羨ましくなって・・・

といっても
私は、入院することを本当に一部の人にしか知らせていなかったので、お見舞いなんて来てもらえる筈もないのに。

お見舞いってウレシイものなんだと痛感した。

いつか誰かが病気になったと知った時にはお見舞いに行ってあげようと思う。

お見舞いのお花

術後1週間経ちました

6月30日(水)

手術から1週間。

血液検査をする。

それから
明日くらいにドレーンを抜こうか、と言われる。
まだ1日に40~50cc出ているけど・・・


そして今後のスケジュール
*退院は土曜か日曜
*来週水曜に再入院、木曜に抗がん剤

え?
もう来週から抗がん剤?

ま、どうせいつかはしなアカンのやし・・・と自分を納得させる

プロフィール

Author:琵琶子
田舎で暮らす
お気楽主婦♪
・・・だったのに

*2010年6月
 右乳房全摘
*2010年7月~
 FEC療法×4クール
*2010年10月~
 毎週タキソール×4クール
 
*2011年2月
 初発治療終了後
      経過観察中の身

 トリプルネガティブです

家族は

子ども♂3人
(大学3年生、7歳、6歳)

発達障害の子どもたちと
毎日ドタバタ奮闘中!!

ご訪問ありがとうございます

ピンクリボン運動

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